偶然

人は時として、とんでもないところでとんでもない人に会ってしまう事がある。
その日の私がまさにそうだった。
K子の別れたご主人に偶然会ってしまった。
人に知られたくない場所で。

勤め先がそこであることを知っていた私は彼に会わない事を祈りつつその場所へ行った。行かざるをえない事情が出来てしまったから。できることなら生涯行きたくはない場所だった。
受付を済ませ、振り返った私の後ろに彼は俯き加減に立っていた。
目を合わせると同時にお互いがそれと察した。

視線をはずそうとする彼。背筋を伸ばし、見据える私。

案内役の彼に伴われ、後ろをゆく。
渡り廊下に二人分の足音が響く。
K子はこの男に随分とひどい仕打ちを受けたと聞いている。
前を行く男の背中に問うてみたい。
何故の乱暴であったのか。
何故に首までを締めねばならなかったのか。

どうぞとエレベーターのドアを開け導く手。
ちょっと会釈をして一緒に乗り込む。
共に無言で行き先ボタンを見つめる。

その手でK子を殴ったのだろうか。何度も何度も痣が出来るほどに。
知っているのよ、私。そう叫びたい気持ちを抑え、導かれるままにエレベーターを降りる。
その先に続く長い廊下。
前にまわってその顔を正面からこの目で射抜いてやりたい。

目的の部屋へ着く。乾いたノックが2回。
「お連れしました。」 彼と私は同時にドアノブに手を伸ばした。
触れるか触れないか、その瞬間、私は彼の手を叩き落とすように払い除けていた。
「失礼!」一言だけれど、ありったけを瞬間に込めて。

あの男は誰にも言わないだろう。。。
私も同じ。とんでもない偶然。あってほしくなかった偶然。



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